日本総合ヨガ普及協会について

理事紹介:副理事長 石川博昭

ヨガとの出会い

25歳の時、重度の腎臓病を患いました。体のみならず頭までむくみ、毎日鼻血を出し、ひどい痔も併発し、歩くのも困難でした。前年義兄が同じく腎臓病で亡くなったのもあり、また娘も生まれたばかりで、精神的にも追い詰められてノイローゼにもなってしまいました。
最初に沖先生に出会ったのは、沖縄の断食道場でした。死を漫然と待つ状態の私を妹が心配して必死で調べ、沖先生が講師として参加される断食道場を紹介してくれたのです。
1週間の断食は、私にとってとても厳しいものでしたが、その1週間の断食で体調が改善し、静岡県三島市の沖ヨガ道場に参りました。当時沖縄は返還前でしたので、パスポートを取得し、ドルを日本円に替えての来日でした。沖先生のもとで1か月間の断食行をした結果、腎臓病はもとより、その他のたくさんの症状は消えてなくなりました。それから半年ほどの道場生活で、各種のヨガ行法を学びました。
沖ヨガの治り方の特徴は、ことさらに治そうとはしないものの「沖ヨガの生活行」を素直に行じれば、気が付いたら治っている、ということです。求めてもいないのに与えられる副産物が「健康」でした。私が腎臓病になったのは、運が悪いからではありませんでした。心・身・生活がでたらめだったからで、自業自得だったのだということが、沖ヨガ道場生活でわかりました。
あれから50年以上たち、現在は1日1食の少食と自己鍛錬、時々断食を続けています。

ヨガ指導歴

沖縄に戻ってから沖ヨガの指導に努め、2018年に50周年を迎えました。一般クラスのほか、定期的に断食合宿を開催しています。年に1度、数か月間に及ぶヨガ指導者養成コースと、不定期で短期講座も開講しています。
死に損なった人間としてお伝えしたいことは「病気にならない生き方」だけではなく「死病に罹ったらどうするか」です。皆さまと健やかで満たされた生を全うしたいと、沖ヨガ行法をお伝えさせていただいています。

プロフィール

  • 日本総合ヨガ普及協会 副理事長
  • 石川ヨガ研究所 主宰

1942年サイパンで生まれ、​終戦後3歳で疎開先のサイパンから沖縄に戻る。25歳で重度の腎臓病で生死をさまよう。静岡県三島市の沖正弘導師の下へ。1か月の断食とヨガ修行で完治。沖ヨガの意味するところを学ぶ。

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